きねまないと

最近映画が好きになった20代が素人目線で好き勝手に映画の感想を綴るブログ。

実際にある家族がついた大きな優しい愛の嘘。主演・オークワフィナの演技を括目せよ!『フェアウェル』

 

本日の映画

今回はオークワフィナ主演の『フェアウェル』についてお話ししていきます。

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source: Film Review: "The Farewell" | Rants and Raves

 

 

あらすじ

6歳で中国からアメリカへ引っ越してきたビリーは幼いころから自分をかわいがってくれる祖母が大好きだった。うまくいかない毎日でも彼女と電話で話すことで元気をもらえていた。

そんなある日、両親の様子がおかしいことに気が付いたビリーは父親を問い詰めると、なんと大好きな祖母が癌で余命があと数カ月ほどであると診断されたと聞かされるのであった。従兄弟のハオハオの結婚を口実に親戚全員を集まる機会を作り、皆が祖母にお別れを言いに行くというので自分も行くと言い張るビリーだが、両親は反対する。

「家族で決めたんだ。癌のことは秘密にするって。でもビリー、お前はナイナイ(祖母)が大好きだから隠せないだろう。だから一緒には連れていけない」

中国のしきたりで病気のことは祖母には告げないという家族の決断に納得がいかないビリーは家族の反対を振り切って後追いで中国へと渡ったが……。

監督の家族に起きた実際のストーリーを基にした感動の一作。

 

詳しくはこちらをご覧ください。

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オークワフィナが体当たりで挑んだ渾身の演技!

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source: The Farewell 2019, directed by Lulu Wang | Film review

 オークワフィナと言えば、『クレイジー・リッチ・アジアン』*1や『オーシャンズ8』、そして『ジュマンジ』のリブート版の2作目にも出演しており、今大注目の女優の一人ですね。

slhukss1.hatenablog.com

そんな彼女がなんとアジア人初のゴールデングローブ賞主演女優賞を獲得したのが本作です。

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面白い、何よりオークワフィナの演技がいい!と各所で話題だったのはここイギリスでの劇場公開時からも聞いてはいたのですが、なかなか忙しくて劇場に足を運べず、ああ見逃した……!と思っていたら、なんとAmazon Prime Video UKに来ているじゃありませんか!これは観ないと……!ということで早速観てみたんですけれども、さっすがA24ですよ、もう面白いです。なんなんだよA24!!!ディズニーじゃなくてA24が映画界を支配してほしいくらいだよ!というのは言い過ぎでした。すみません。ディズニーさん、『ズートピア』の続編待ってます。

すみません、話が脱線しましたが本当に今作面白かったです。やっぱり各所で言われていた通り、オークワフィナの演技が素晴らしかったです。幼いころにアメリカに移住し、最初は父と母以外に知っている人はいない、けれど今は中国語は十分に話せない、けれど未だにアメリカに本当に属しているとも感じられない、けれども中国に帰っても自分がここに本当に溶け込めるとも思えない…。宙ぶらりんともいえる彼女の不安定さ、幼さ、ぽっかりと心に空いた穴、そんなものを感じさせる素晴らしい演技でした。

彼女の実生活に近い役だったのかと思いきや、実はそんなことはなかったようです。

Billi also wasn’t entirely me. My grandma has said of my past performances, “It’s just you. It’s like you’re not even acting.” But Billi is different, is a vehicle. She’s a vessel for the Asian American experience, and she’s very neutral. I think that that makes her relatable.

 

ビリーもまた私がこれまで演じてきた役と同じく全く私自身と同じと言うわけではありませんでした。私の祖母はこれまでの私の演技に対して「あなたそのものって感じ。なんというか、あなたは演技なんてしてないって感じだった。」と言っていました。でもビリーは特別で、この役は言うなら乗り物だったんです。 彼女はアジア系アメリカ人の経験を載せた船で、彼女はとても中立的なんです。それこそが彼女を共感させやすくしたんだと思います。

(引用者訳)

source: Awkwafina on The Farewell: “I needed to do this movie” - Vox

 私はてっきり彼女はビリーと同じような経験をしていたのだと思って本編を観ていたのですが、インタビューを読むと決してそういうわけではなかったことが分かって、それであるならばあの演技はすごいなと改めて観終ってから感心させられるというか感動させられる、というかオークワフィナがまた一つ新しい段階に行ってしまった!と思わせられるような演技だったと思わされました。

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source: ‘The Farewell’ Trailer: One of the Year’s Best Indies | IndieWire

ちなみに彼女、本作のために中国語の勉強もしたんだそうです。

I didn’t grow up in a Chinese-speaking household. It was one thing that made me a little nervous about the role. Lulu’s incredible at Mandarin. She hasn’t lived [in China] in a long time, but her accent is impeccable. She didn’t have the same woes as Billi had.

When I got the script, I wanted ... I needed to do this movie. I didn’t care if it was drama, I didn’t care what it was — it felt like it just came to me in an auspicious way. So I studied really hard. Six-hour days of just drilling it in, getting the accent right. It meant that much to me. I really wanted to work for a character like that.

I’m still insecure about [my Chinese].

 私自身は中国語を話す家庭では育っていないんです。だからこの役に対して少し緊張する要素の一つが言語になりました。Lulu(本作の監督)は中国語はすごくうまいんです。彼女は(中国では)長く住んでいなかったんですが、彼女の発音は完璧なんですよ。彼女はビリーが持っていたような問題は特に持っていなかったんです。
この台本を手にしたとき、この映画に出たい……いえ、出る必要がある、そう思いました。これがドラマかどうかなんて私には関係なくて、これが何かですら私には問題ではなくて、ただこの作品はなにか素晴らしいものになるっていうことだけ感じたんです。だからその後はすごく一生懸命勉強しました。何回も何回も繰り返したり、アクセントを正しくなるようにしたりなど1日に6時間は勉強していました。私にとってはこれはすごく大変なことでしたが、ちゃんとこの役を成功させられるようにしたかったんです。

といっても、(自分の中国語については)まだ自信なんてないんですけれど。

 

(引用者訳)

source: Awkwafina on The Farewell: “I needed to do this movie” - Vox

 1日6時間も中国語の勉強を……!というかあんなに素晴らしい(と中国語話者ではない私には聞こえる)中国語を披露していたので、私はてっきりオークワフィナは中国語を話せるんだと思っていました。それだけ彼女にとってこの役が大きな意味を持つものだったのだと思うと、彼女がゴールデングローブ賞に選ばれて本当によかった……!と今更ながら涙しそう。

ちなみにこのインタビューでは彼女が実際どうやって勉強したかも書かれているので、語学の勉強をしたいという人にはすごく参考になるかもしれませんね。

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source: 'The Farewell' Review: A Bittersweet Comedy About Saying One's Goodbye - Variety

あと何より私がこの映画でいいな、と思ったのは当たり前なんですけどすごく普通の人として中国人が描かれていることでした。中国って言うとやっぱり今はいろんな報道があるので、どうしても政治的なイメージが頭の中についてしまったりしがちだと思うんですが、ここで描かれている中国の人って本当に私たちとほんとに変わらない普通の人たちなんですよね。当たり前なんですけど、改めてやっぱり映画っていいなと思って、映画って「世界にはこんな人もいるんだ」っていう違いを知ることもできるし、「ああ、こういう人達も私と変わらない人間なんだ」っていう気づきを得ることもできる、とにかくいろいろな学びを得られる最強のメディアだと思っています。もちろん、映画を通して植えつけられる偏見もあるので、映画の中のことがすべてだと思うのは危険なことなんですけれどね。

にしてもこの映画劇中でご飯を食べまくるんですよね。というのは親戚が集まっておばあちゃんに癌の事実を隠しながら家族だんらんを映すっていうのが主な描写なので、家族全員を映すとなると自ずと食事のシーンが多くなっていくので、とにかくおいしそうなシーンがたくさん!もうこれ観終ったら必ず中華料理食べたくなると思います。私はなりました。

でも食事のシーンってどこの国でも行われることを映しているのに、その文化圏が見えるし、あと何より各登場人物の感情が入り混じるシーンとしても用いられることが多いのでめっちゃ見ごたえありますよね。この『フェアウェル』だと、この家族の食事シーンを通してそれぞれの関係性とかもよく見えてきて、だんだんこの家族の一員になっていくような感覚を味わえます。そして登場人物たちと一緒に考えます。何が家族にとって、祖母にとって、自分にとって最善の選択なのだろうと……。

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source: China Release Of ‘The Farewell’ Shelved Just Ahead Of Scheduled Date – Deadline

主人公のビリーは特に悩むんですよね。彼女はアメリカで育ってきたから、祖母に嘘をつくなんて不誠実なんじゃないか、彼女は自分の病状について知るべきなんじゃないか、と思うわけです。ですけれど、中国の文化では知らないまま逝く方が幸せだとされているのです。中国の文化って書きましたけど、日本にもそういう考えをする人はいますよね。この作品で描かれているように日本の家族の多くがそうするとは思いませんが、欧米の方に比べてこの辺は同じアジア人である日本人は理解しやすいかも。

この作品のいいところは、彼女が黒船みたいに「中国人のわからずや!!!」みたいなスタンスで乗り込んでくるわけじゃなくて、自分の中の中国とアメリカの要素をすごく平等にとらえていて、その中でどちらが正しいのかっていうところで最後の最後まで悩み続けるところだと思うんですよね。全く異なる文化圏のはざまで生まれた彼女だから持つ悩みをとても丁寧に描いていると思います。

わかりやすい善悪の二元論の話じゃなくて、家族だから、大好きだから、愛しているから簡単に出ない答えと、難しさについてとっても考えさせられるというそんな一本です。命の大切さとかじゃなくて、愛って時々嫌になるくらい複雑だな、って。そしてそれにこたえとか正しさみたいなものはないんだって、そんな当たり前のことをすごくすごく丁寧に描いた作品だと思います。

 

まとめ

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source: The Farewell | A24

 というわけで本日は『フェアウェル』についてお話ししました。

にしてもちょっとこの映画でいいぞ!と思ったのは、ハオハオという主人公ビリーの従兄弟の結婚相手、アイコさんがちゃんと日本人の役者さんだったことでした。

近年はすさまじい勢いで東アジア勢が活躍の場を広げつつあるので変わりつつあるのでしょうが、ついこの間まで韓国人や中国人が日本人を演じていることもざらでしたから、この映画でちゃんと日本人の役者が日本人やってる!というのは個人的にとてもうれしかったです。

上記で手放しでほめたんですが、今作については大きな見せ場が起きたりするわけではなく、主人公ビリーが子どもから大人へと心の面で少し成長する(というと陳腐なのであれなのですが)映画でとても静かな映画なんですよね。しかもその成長した後に下す決断が見ている観客とかみ合わなかったりするとあんまり少し不満が残るかも。

私はどうだったのかというと、ビリーの気持ちうんぬんより、最後のオチ(?)に「えーーー!?!!」となりました。ちょっとこの話から予想しない話だったんで…悪いとかいいとかじゃなくて単純に驚いた……。

The premise of this movie is based on a true story from Lulu Wang's real life: as the family in the film does, her family really did lie to Wang's grandmother about the grandmother's terminal cancer diagnosis in an attempt to prolong her life. The element of the story in which they use a family wedding as an excuse for everyone to come and visit the grandmother because she is dying was also based in fact. Wang had a great deal of trouble finding financiers to back the filming. American producers objected to the all-Asian cast and insisted that she needed to add prominent white characters. Chinese financiers thought the story was too American, and they also insisted on adding white characters. So in another attempt to draw attention to the project, Wang adapted the story into a segment of the April 22, 2016, episode of the public radio storytelling program "This American Life," which did result in Chris Weitz coming on as a producer and procuring other financing.

 

この映画は監督であるLulu Wang氏に実際に起きた出来事を基にしている。映画でこの家族がしているように、彼女の家族はWang氏の祖母に対して末期の癌だと診断されたことを隠すことにした。祖母が余命いくばくもない中、家族全員が祖母に会えるようにするために結婚式を言い訳にするというこの話の肝となる部分も実際にあった出来事を基にしている。Wang氏はこの撮影に取り掛かる際に出資者との大きな対立をすることとなった。というのは、アメリカ人のプロデューサーがアジア人で全キャストを構成することに対して難色を示し、彼女は有名な白人の登場人物を加えなければならなかったからであった。一方で、中国の出資者からはこの話はアメリカ感が強すぎるとして、白人のキャラクターを追加することを求めた。そのため、この企画に対して他からの関心を得るために、Wang氏は2016年4月22日の「This American Life」というラジオストーリーテリングの話をつけ足すこととし、結果としてChris Weitz氏がプロデューサーとなり、他からの出資を取り付けることに成功した。

source: The Farewell (2019) - Trivia - IMDb

にしてもここにあるように、この話が実話を基にしているというのはすごいですよね。実際に嘘の結婚式を開いたんだそうです。壮大な嘘ですよね、それほどまでに家族が祖母に嫌な思いをさせたくなかったのだと思うとその覚悟がわかります。

ちなみに以下はネタバレになりますので反転させます。

 

監督のおばあさまはこの映画が公開になった際にもご存命で、それでも監督やその家族はおばあさまに嘘をついていたそうですが、ついにこの映画が評価されてゴールデングローブ賞を受賞するようになった際に、そのレビューを見て、この話に出てくる祖母は自分であることに気づいたんだそうです。もうその時の話がすごく心に刺さるので、ぜひIMDbトリビアのリンクからご覧になってください。それにしてもそこまで隠し通せた監督の家族、すごすぎませんか……?!演技上手……!そして実際におばあさまの妹さんは本人役でこの映画に出演されていたそうで、全然知らなかった……!それもそれでまた心にくるな……!

 

 はい、というわけで今作、私的にはすっごくすっごくおすすめの一本でした!オークワフィナの女優としての更なる大きな一歩をぜひ劇場で目撃してください!

*1:正式な邦題は『クレイジー・リッチ!』ですが、この作品はアジア人による映画であることに意味があり、オリジナルのタイトルを敬いたいのでここではこのような表記をしております。