- 本日の映画
- あらすじ
- 「女子力が高いね」の先にある地獄
- 「俺がお前に与えてやってるんだからお前は黙って言うことを聞け」
- 「そんなことしてたらお嫁にもらってもらえないよ」の暴走
- 女だってカーチェイスをする、女だって走る、女だって
- D&Dと同一人物とは思えないクリス・パインの恐ろしさ
- まとめ
本日の映画
今回は『ドント・ウォーリー・ダーリン』について話していきます。
Source: 'Don't Worry Darling' Poster Spotlights Florence Pugh and Harry Styles - Bloody Disgusting
あらすじ
アリスとジャックの二人はカリフォルニアのとある街に暮らす仲睦まじい夫婦。ジャックはフランクというこの街を作った人物のもとでヴィクトリープロジェクトという名の計画のために働いている……ようだ。ジャックが仕事に行っている間、アリスは家事を精一杯こなし、そして同じように夫を送り出している同じ街に住む女性たちと昼間は仲良くそして贅沢な暮らしを送っていた。
そんなある日、フランクとその妻シェリーのパーティーに呼ばれた二人だったが、彼らと同じくパーティーに招待された一人であるマーガレットの様子がおかしいことに気づく。マーガレットはしきりにこの街の異常性について訴えていた。
その後、マーガレットの様子がなんとなく気になりつつも、いつものように過ごしていたアリスは、ある日飛行機が墜落するのを目撃する。この街に存在する唯一にして絶対である「会社の本部に近づいてはいけない」というルールを自覚しながらも、アリスは墜落した飛行機に乗る人の救助に向かう。そして彼女は飛行機の代わりに本部を発見する。それまで禁止されていたその建物に触れたアリスだったが……、気がつくと家で眠ってしまっていた。
そこからだんだん奇妙なことが周りに起こり始め混乱していたアリスの元に、マーガレットから電話がかかってくる。「あなたも見たんでしょう、あれを」マーガレットの電話を気味悪がってきってしまったアリスだったが、その後も奇妙な現象は続いていく。そんな現象に悩まされているうちに、アリスはマーガレットが自らの喉を切り裂く場面に遭遇してしまう。マーガレットを救おうと彼女に近づこうとするや否や、どこからともなく赤い服をきた男たちが現れ、アリスは身柄を拘束されてしまい……。
詳しくはこちらをご覧ください。
「女子力が高いね」の先にある地獄
なんとなく去年公開された時にレビューが芳しくなかったのでスルーしてしまっていたのですが*1、今回配信で観てみたらめっちゃ面白くて去年の自分を頭の中で1000回くらい殴りたい気持ちになりました。ただ、これを真っ先に伝えたいんですが、この映画レイプまでいかないんですが、結構辛いセックスシーンがあって私はこれを劇場で観ることができたかどうか自信がなかったので、結果配信で観てよかったなと思いました。(犬とか猫が死ぬのもそうだけど、セックスシーンがどれくらい艶かしいのかだけ教えてくれるサイトとかないかな……。辛いから)ちなみにハリー・スタイルズも自分でNSFWって言ってて笑った。そりゃそうだろ。
最近は『プロミシング・ヤング・ウーマン』『シー・セッド その名を暴け』そして私のイチオシ『フレッシュ』など本当に良いウィメンエンパワメント映画というか*2、フェミニズム映画が多くて幸せだな〜と思うんですが、本作はしっかり地獄で最悪で最高でした。なんというか、もう悪意なく「〇〇ちゃんっていいお嫁さんになりそう」「そんなところまで気を使えるなんて女子力が高いんだね」とか言ってくる人と接するあの地獄のさらにさらに延長線上にある地獄が『ドント・ウォーリー・ダーリン』でした。後半まさにネタバラシのシーンは肝が冷えました。肝冷え度ランキングでも結構上位ですね。殿堂入りが『ゴーン・ガール』です*3。
「俺がお前に与えてやってるんだからお前は黙って言うことを聞け」
Source: ‘Don’t Worry Darling’s’ Twist Ending and Spoilers, Explained
先ほども書いたのですが、この映画では結構生々しい上に辛いセックスシーンが何度か登場します。生々しいのは私が苦手だから置いておくとして、何が辛いかというと、基本的にハリー・スタイルズ演じるジェイクがフローレンス・ピュー演じるアリスが何かをしている最中でも求めてきて、そのまま事に及んでしまうところなんですよね。女性側がダメだって言っているのに、ジェイクはそんなの構うものかと進んでいくというか。アリスもふざけてダメと言っている節もありますが、そうだとしても彼女のダメは尊重されるべきなのに、ジェイクは聞き入れません。
ここでも言われているように、性行為に対して積極的なYESがない限り、それは性暴行になります、つまりレイプです。
「え?恋人間なのに?」「結婚しているのに?」と思う方もいるかもしれませんが、性行為を行う時にはそれがどんな関係の間で起きたことであったとしても、そこにはっきりとした同意がなければ、それはレイプなんです。
上記ではレイプまでは言わないと書きましたが、実は私は個人的にはあれは軽いレイプシーンだったと捉えていたので、かなり辛いな……と思いながら見ていました。
このように、ジェイクを始めとするこの映画の中に出てくる男性は、「俺たちがお前たちを養ってやっているんだから、こんなに豪華な生活を送らせてやっているのだから、お前は黙って俺のいうことを聞いていればいいんだよ」というような人ばかりで辛いです。この映画はそんな男性たちの加害性をホラー映画として見せてきているのがとっても利口です。やはり本当に恐ろしいのは生きている人間……。
特にジェイクはハリー・スタイルズが演じているのもあって、一見いいやつに見えるというか、これは『テッド・バンディ』にも通じるのかなと思うのですが*4、顔のいい奴にはとりあえずみんな一回騙されるんだよなと。ジェイクは一見本当にいい夫に見えるんですが、実はアリスの話は全然聞いてくれないし、勝手に予定を立てるし、勝手にアリスの着る服を選んで買ってくるしと本当に妻を支配し管理下に置こうとする有害な男性で、「てめ〜〜その顔だからってなんでも許されると思ってんじゃねえぞ!!!」となります。
インターネットだとよく「女は結局顔がいい男にころっと騙される」とか「イケメン無罪」的なことを言っている人を見かけますが、もちろん上述した通り、その側面がないとは言い切れませんが、それは女性に限らず、男性も同じで、そして顔がいいからって本当になんでも許されるわけじゃないです。顔のいいやつは得をしているかもしれないけど、だからって顔が良ければ全てよしじゃないっていうか。それを描くためのハリー・スタイルズキャスティングでもあるのかな、なんて思っています。
「そんなことしてたらお嫁にもらってもらえないよ」の暴走
Source: Don't Worry Darling's twist is its biggest problem | British GQ
また、この映画では最終的に全てがこのような男性の「そんなことしてたらお嫁にもらってもらえないよ?」とでもいうような発想が元凶であったのだというネタバラシが行われます。多分本当にこういうことを言う男性からしたら、多分なんでもないことなんだと思うんですけど、「別にこちとらの幸せをお前に決められる筋合いはねえんだよ」ってもう生きてから100京回くらい思ってる。本当に。
女性って本当に選択肢がないんですよ。私は夜に散歩をするのが好きなんですけど、それも一人じゃできないんですね。なんでかって夜に女性が一人で歩いたら危ないから。例え治安が良いと言われるところで夜に一人で歩いてて、もし何かあったら、その時はなんて言われると思います?「一人で歩いてたんなら仕方ないね」ですよ。で、男性たちは言うんですよね、「危ないから一人で夜歩いてはいけないよ」って。こうやって夜の散歩でさえ自分一人では叶えられない。
こうやってどんどんどんどん選択肢を奪われて、そしてじゃあ家にいろと言う話になって、最終的に「家庭に入って家事をこなして夫の言うことを全てうなづいてニコニコ聞いてる女」がこの世の女の幸せ、終わり!みたいな感じにされちまうんですよ。
この映画から私はそういう男性からの押し付けに対するオリヴィア・ワイルドの「いい加減にしろ!!!!!」と言う強烈なメッセージを受け取りましたね。確かにもう手垢がついた話題だし、新鮮味はないし、何を今さらって思う人も大勢いると思うんですけど、それでも今でも何度でも話すべき内容だと私は思うし、何度だって男性が、そして女性も忘れないように繰り返し叫ぶべきだと思います。「私のしたいことは私が決めるんだ」って。
女だってカーチェイスをする、女だって走る、女だって
Source: 'Don't Worry Darling' Review: Florence Pugh and Harry Styles Get Weird - CNET
この映画、個人的にめっちゃ好きなところ結構あるんですが、その中でも一際気に入ったのは、結構しっかりカーチェイスシーンがあるところでした。
まさに終盤なんですが、アリスが車に飛び乗って追っ手から逃げるというシーン。ここが本当に良くて!青ざめた様子をした白いワンピースのか弱い女性が後ろを気にしながらビクビクと走る……のではなくて、もう喪失と混乱と怒りと恐怖で意味わかんないほど興奮しているアリスが鼻息荒くしながら車に勢いよく乗り込んで走り去るっていうあのスピード感!この映画の冒頭じゃ絶対予想できないシーンでとってもよかったです!特にアリスが敵を一度吹っ切るシーンとかは爽快です。彼女の聡明さが現れているというか。
そこから車を捨てて走るシーンにつながっていきますが、ここもか弱げに走るというよりはもう本当に無様になってもいいからとにかく走るという必死さが現れてていいですね。夫のために存在していた妻から完全に自分の人生を生きるためにもがく人間っていう描写になっていてとっても好きでした。
あとこれは若干ネタバレですが、彼女がこの街の異常さに気づき始めるきっかけが飛行機の墜落ですが、ここで彼女がルールを破ることで自分にもたらされるペナルティなんかは二の次三の次で、どうにかして人命を救出しに向かわなくては、と考えているのが、後々「なるほど、彼女はこういう人だったからそのような行動を取れたのだ」と繋がっていくのも見事でしたね。それからこのアリスがここまで聡明であるのも、もともと彼女は自立した一人の人間なのだから当たり前というのもスカッとしました。突然何かの力に目覚める系主人公とかじゃなくてよかったです。(なんというか、主人公だからできるとかじゃなくて、こういうことができるから主人公なのだという説得力があるというか。)
D&Dと同一人物とは思えないクリス・パインの恐ろしさ
Source: Chris Pine Don't Worry Darling Character Based on Jordan Peterson, Incel Hero - Variety
しかしこの映画、クリス・パインが怖い!!!!クリス・パインといえば私の中で『スター・トレック』の印象がかなり強くて、いつでも素敵な好青年役でヒーロー!というイメージが強かったんで、こんな怖い役やれるんか〜〜〜という俳優としてのポテンシャルの高さと、普通にキャラクター怖いってことで震え上がってましたね。
クリス・パインは今作では有害男性のボス的な存在であるフランクを演じているんですが、とにかくフランクが何かいうだけで人が動くというか、彼が何でもかんでも取り仕切っていて、彼の圧倒的な権力に女性は愚か男性も何もいえない、そんな存在です。そんな怖い役をクリス・パインが……!すごすぎる……!!やっぱり一見いいやつそうな人が牙を剥いてくる時が一番怖い気がします。そんな彼が最後にどうなるのか、ぜひ目撃してください。
まとめ
Source: Don't Worry Darling In English at cinemas in Barcelona
今回は『ドント・ウォーリー・ダーリン』についてお話ししてきました。まだまだ社会に蔓延る有害な男性性についてしっかりNOを突きつけていこうぜというオリヴィア・ワイルドのメッセージに対して私は心からYESをいうよ〜〜!!って気持ちです。(ここで大事なのは男性と女性の二項対立にしたいわけではなくて、有害な男性性についてNOだという話で、男性全体を指して批判しているわけではないです。)
途中でも書いたんですが、今回の映画って特に映画としてもメッセージとしても新鮮味とか斬新さはないんですよね、展開についても、どんな映画を期待しているのかにもよりますが、映画史的に見てみたら別に良くあるものなので、そんなびっくりな仕掛けはないんですけども、私はこれを2022年にもう一回、しかもハリー・スタイルズとか、クリス・パインとかを起用して描くことが重要だったんじゃないかなって思っています。あと、そのテーマとその映画の展開の組み合わせは斬新だな!とは思います。ですが、正直ラストのアリスの逃亡らへんはフランクが弱すぎるだろ!!と思ったりしなくもなかったわけですが。その辺がこの映画のかなり惜しいところです。
あと途中で触れなかったんですが、フランクの妻であるシェリーは名誉男性的なところがあるのかな……と思いながら見ていました。名誉男性というか、女性だけど男尊女卑を支持する側の人間とでも言うんですかね。(その方が彼女としては色々と得があるのでしょう。)だから最後のあの展開を見た時に私は、きっとアリスにとっての地獄は終わったんだろうけど、まだまだヴィクトリープロジェクトは続いていくのだろうし、きっと新たな地獄が待っているのだろうな……と思いながら見てしまいました。きっとシェリーが新しいフランクになっていると思います、私は。それか少なくともまた新しいフランクが現れるだけ、というか。この辺ももう少し描けばもっと面白い作品になったのにな〜と思ったり。その辺がこの映画の評が少し厳しめな理由なのかなと個人的には推察してます。
でも全く見る価値のない映画では決してないし、やっぱりオリヴィア・ワイルドは監督としてもかなり実力のある人だなと思います。私的には結構おすすめの一本です!
オリヴィア・ワイルドの作品ならこちらも要チェック!
*1:Rotten Tomatoesは38%。2023年7月8日現在。
*2:『プロミシング・ヤング・ウーマン』…激烈に熱いホラーフェミニズム映画。レイプされた親友のために日々有害男性にお仕置きをする女性を主人公にした作品。
『シー・セッド その名を暴け』…『プロミシング・ヤング・ウーマン』の主演、キャリー・マリガンが再び主演を務めたフェミニズム映画。こちらは#MeTooムーブメントのきっかけとなったハーヴェイ・ワインスタインの性暴行の事実を追った実在する記者たちの手記を原作にした映画作品。
『フレッシュ』…猟奇殺人フェミニズム映画。ある日たまたま出会ったイケメンと恋に落ちた主人公だったが、実はその男は女性の肉を食品として売り捌くサイコパスだった……。出演に『キャプテン・アメリカ』シリーズなどで知られるセバスチャン・スタンら。
*3:『ゴーン・ガール』…同名小説を題材にした映画。結婚が怖くなること間違いないともっぱらの評判。
*4:『テッド・バンディ』…『ハイスクール・ミュージカル』などで知られるザック・エフロンが実在した連続強姦殺人犯を演じた作品。